この突堤は古くから名切集落の船着場として利用されており、黒島天主堂を建設した際には大量の煉瓦をはじめとする建築資材がここから揚陸され現在の車道を横切って直線的に登る里道を担いで天主堂まで運んだそうです。突堤への車道は昭和30年代に名切集落の人たちが労働奉仕で6年かけて建設しました。